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探偵小説 ケース6 「“いじめ”」


探偵小説 ケース6 「“いじめ”」

 

 

梅雨が明け、本格的な夏が顔を出し始めた7月下旬、調査員は、事務所のデスクで、昨夜の浮気調査の調査報告書を作成していた。

 

 

困ったことに朝、出勤してきてエアコンをつけたところ、エアコンが全く動かない。

リモコンの電池を変えてみたり、電源アダプタを抜き差ししてみたり、エアコン本体を叩いてみたり・・・

 

 

故障・・・・・。

 

 

この暑いのに、エアコンの故障なんて全くついていない・・。

しかもこのエアコンを購入したのは、まだ2年ほど前のこと・・。

特売店で購入したので、保障期間は1年で切れている・・。

新しく買い替えるには、早すぎる・・。

長期保証に入っておけばよかった・・。

 

 

調査員は、2年ほど前の判断と行動に反省しながら、エアコンの修理業者に電話してみる。業者によるとエアコンの修理依頼が立て込んでいて、修理に来れるのが、2週間後だという。

 

 

何社か、電話してみたが、どこも同じような対応で、やはり2週間は待たされる。

この時期は、エアコン修理業者の繁忙期らしい。

調査員は、あきらめ、2週間待つことにした・・・。

 

 

いや、このまま待てるわけがない。

 

 

調査員はすでに汗だくで、こんな状況でまともな調査報告書が作れるわけがない。

 

調査員は、事務所の近くにあるリサイクルショップに行って、中古の扇風機を購入、

あと2週間、なんとかこれで乗り切ろうと決めた。

 

 

調査報告書の作成を始めてから3時間ほど経過したころ、調査員の携帯電話が鳴った。

携帯電話の画面には、「小島様」(仮名)と表示されていた。

小島様は以前の依頼者(女性)で、5年ほど前に浮気調査を依頼、その後、離婚が成立し、人生の再スタートを切った依頼者だった。

 

 

調査員「お久しぶりです。」

小島様「お久しぶりです。お元気ですか?その節は大変お世話になりました。」

調査員「こちらこそ、お世話になりました。皆様おかわりございませんか?」

小島様「・・・」

調査員「小島様?」

小島様「・・・相談したいことがございます。」

 

 

調査員は、何かを察した。小島様は深刻な悩みを抱えている・・・。

 

 

調査員「かしこまりました。では、一度、事務所に来ていただく事は可能でしょうか?」

小島様「はい・・・。明日、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

調査員「かしこまりました。明日ですね。お時間は何時頃がよろしいですか?

私は何時でも大丈夫ですが。」

小島様「では、午前11時でお願いします。」

調査員「それでは、明日11時にお待ちいたしております。」

 

 

 

電話を切った調査員は、頭を抱えた・・・。

 

エアコンが故障している・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

翌日は、まだ午前中だというのに、前日に勝るとも劣らない暑さで、扇風機1台で事務所内を快適な空間にするには不可能だった。

 

調査員は、冷たいお茶とうちわを用意し、小島様の到着を待った。

 

 

午前11時ちょうどに、事務所のドアがノックされた。

小島様「失礼いたします。」

調査員「どうぞ」

小島様「お久しぶりです。」

調査員「お久しぶりです。」

 

 

挨拶もほどほどに、調査員は、エアコンの故障の事実を伝え、うちわを手渡した。

 

 

調査員「それで、早速ではございますが、どうかされましたか。」

小島様「じつは・・・・・・。」

調査員「・・・・・・」

小島様「ゆうき(仮名)の事になるのですが・・・。」

調査員「ゆうき・・・くん?」

小島様「はい。」

 

 

小島様には、5年前、当時3歳の息子が一人いた。

 

 

小島様「はい。小学校3年生になりました。」

調査員「そうですか。ゆうき君がどうかされましたか?」

小島様「はい。こんなことを探偵さんに相談して、何とかなるのかわかりませんが・・・」

調査員「どうぞ、遠慮なさらずに相談してみてください。」

小島様「じつは、“いじめ”られているみたいで・・・・・。」

調査員「“いじめ”・・・ですか。」

小島様「はい。」

調査員「どのような“いじめ”でしょうか?」

小島様「それが、目に見える“いじめ”の形跡はないんです。

ただ、精神的にというか、言葉の“いじめ”みたいなんです。」

 

 

詳しく話を聞いてみると、小島様の息子、ゆうき君は、同学年の男の子と女の子の数名から、言葉の“いじめ”を受けているようだった。

 

言葉の“いじめ”の内容は、

「死ね」

「早く死ね」

「息するんじゃないよ」

「なんで学校に来るの?」

「いつ転校するの?」

 

など、酷い言葉を毎日のようになげかけられるそうだ。

 

小島様はゆうき君本人から、その事実を聞き、一緒になって涙を流したそうだ。

 

調査員にも子供がいる。

 

もし、自分の子供が同じ目にあっていたらと思うと、涙が出そうになる。

 

“いじめ”は昔から無くなる事はなく、常に問題になっている。

 

“いじめ”が原因で命を落とす子供が増えている近年、“いじめ”の方法も悪質になってきていると聞いたことがある。

 

 

ある“いじめ”グループでは、“いじめ”を実行するにあたり、“いじめ”グループメンバーで作戦会議を行い、どうやって証拠を残さずに“いじめ”を実行するかと、子供ながらに真剣に考えて、“いじめ”を実行するらしい。

 

 

なので、第三者から見ると、“いじめ”の加害者と“いじめ”の被害者は仲の良い友達同士に見える。

 

 

“いじめ”を受けた子供は、必死になって“いじめ”の事実を担任教師に説明するが、

証拠がない為に、真剣に話を聞いてくれないそうだ。

“いじめ”の加害者と“いじめ”の被害者の親同士は仲が良いので、“いじめ”の相談を親に話しても伝わらないし、信じてもらえない。

 

 

“いじめ”を受けている子供は、“ひとり”になってしまう・・・。

 

 

その結果、取り返しのつかない事態になってしまう・・・・・・。

 

 

“いじめ”を受けている子供が、真っ先に助けを求めるのは親であり、一番頼りにしているのも親である。

 

その親が、子供の悩みを真剣に聞いて、親なりに考えて、探偵に助けを求めに来た。

探偵は、その親の“ちから”になってあげることができる知恵を持っている。

 

 

小島様には、“いじめ”の調査と対策を行うにあたり、リスクがあることを説明した。

 

 

“いじめ”の調査と対策の主なリスク

  1. “いじめ”を目の当たりにする事になるが、しっかりと気を持って、証拠が揃い、調査が終了するまで、動かずに我慢しなければならない事。
  2. “いじめ”がなくなった後、ゆうき君は学校に通いづらくなる可能性がある事。

 

 

場合によっては、転校も視野にいれておかなければならない事。

 

小島様はリスクを理解したようで、真剣な面持ちで、

 

 

小島様「“いじめ”から逃げずに、戦いたいです。」

調査員「小島様、逃げることが決して悪い事ではなく、時には逃げる事を優先する事も大切ですよ。心に深い傷を負うぐらいなら逃げた方がいい。」

小島様「・・・わかりました。自宅に帰り、ゆうきとしっかりと話合い、ゆうきの意思を確認してから、依頼したいと思います。」

と言って、帰って行った。

 

 

 

小島様が帰った後、汗でびっしょりになった調査員は、子供に戻ったかのように、

扇風機の前に座り込み、扇風機の風に向かって、

「あ~~~~~~~~~~」

と力いっぱい叫び続けた。

 

 

 

翌日、さらに暑さを増した日、事務所内は外よりも、さらに暑くなっていた。

小島様より、連絡があり、ゆうき君も戦いたいと言っているという。

調査にはゆうき君の協力が必要になるのだが、その件に関しては、

ゆうき君が「任せてよ!」と力強く言っているという。

ゆうき君の一言で、調査員たちは励まされ、エアコンが故障している事も忘れ、

一丸となって、作戦会議に力を注いでいる。

 

今回の“いじめ”の調査と対策の予定は以下のとおりである。

 

  1. “いじめ”の証拠収集
  2. “いじめ”メンバーの特定
  3. “いじめ”の証拠をもとに、教師・加害者の親との話し合い。

 

 

 

まずは、証拠収集から。

ゆうき君の話によると“いじめ”が行われるのは、登下校中で、“いじめ”の加害者は、学校内では、仲の良い友達を演じてくるらしい。

 

証拠の収集方法は音声の録音と動画の録画の両方を行う。

 

音声の録音方法は、ゆうき君の鞄に特殊なICレコーダーを取り付け、“いじめ”の加害者が発する酷い言葉を録音する。その際、ゆうき君には、録音の妨げにならないように、できるだけしゃべらずに、静かにしてもらう。

 

同時進行で、調査員が、ゆうき君を尾行し、“いじめ”の加害者たちがゆうき君に近寄って、酷い言葉を発している姿をビデオカメラで撮影をする。

 

 

“いじめ”の証拠には、継続して“いじめ”があったという証拠が必要である。

月曜日から金曜日までの5日間、ゆうき君には、協力してもらう事となった。

もちろん、辛くなったら無理せずに中断する事をゆうき君と約束をした。

その際、ゆうき君は笑顔で

 

ゆうき君「うん。わかったよ。でも、僕は最後まで我慢するから大丈夫!」

 

と、力強く言った。

 

 

 

調査員は、証拠収集の5日間の毎日、“いじめ”を確認した。

何度も、“いじめ”の加害者たちに注意しようとしたが、ゆうき君の頑張りを無駄にすることを調査員がしてしまっては、元も子もない。

 

ゆうき君は見事に5日間、我慢を続け、立派な証拠を入手する事に成功した。

録音された“いじめ”加害者たちの言葉は、想像していたよりも酷く、

内容も段々とエスカレートしていた。

 

小島様には、できれば今は録音された内容を聞かない方がいいと説明したのだが、

 

小島様「ゆうきが一生懸命頑張って、録音してきた証拠ですから、親である私が聞かないわけにはいきません。」

 

と、イヤホンを手に取り、録音された“いじめ”の言葉に耳を傾けた。

 

 

涙を流しながら全ての“いじめ”の言葉を聞いた小島様は、

イヤホンを外し、1時間泣き続けた・・・。

 

“いじめ”のメンバーの特定は、ゆうき君からの聞き取りで、メンバーをリスト化、

録音データと動画データをリンクさせ、わかりやすくまとめた。

“いじめ”のメンバーは、男の子4名と女の子3名の合計で7名。

 

 

教師・7名の親との話合いの方法はいくつかあるが、小島様は、できれば転校させずに、

子供たちとも仲直りして、“いじめ”を無くしたいのでと、話合いは、担任以外の教師や

他の子供たちには内密に行いたいとの意向。

 

 

作戦会議の結果、小島様が担任教師と7名の親に手紙を書く事にした。

手紙の内容は、

・“いじめ”が実際にある事。

・ことを大げさにしたくない事。

・子供たちには、できれば仲直りをさせたい事。

・次の日曜日に小島様の自宅で話合いの場を設けたい事。

 

 

手紙は、小島様がそれぞれを訪れ、手渡しで渡していく。

 

 

この行動は小島様が自ら提案した。

 

 

今回の一件で、小島様はゆうき君からいろいろな事を教えてもらったと言う。

 

 

「親よりも子供の方が、しっかりしているなんて、情けない。私がゆうきの為にしてあげれる事は、できる限りしてあげたい。」と。

調査員も、ゆうき君には沢山のエネルギーをもらった。

ゆうき君に何かお礼をしてあげたいが、今の調査員にしてあげれることはなく、

あとは、話合いがうまくいくことを願うばかりである。

 

 

 

あれから1ヶ月。

残暑が厳しくなってきてはいるが、修理して直ったエアコンのおかげで、事務所内には、快適な空間が存在していた。

 

たるんだ体を鍛えようと、バーベルを使い、筋トレをしていた調査員の携帯電話が鳴った。

画面には小島様と表示があった。

 

 

調査員「お世話になっております。」

ゆうき君「探偵さん。ゆうきだよ。」

調査員「ゆうき君。こんにちは。」

ゆうき君「こんにちは。探偵さん、今度の日曜日だけど空いてる?」

調査員「今度の日曜日?」

ゆうき君「うん。」

 

 

調査員は、スケジュール帳を開き、確認した。

 

 

調査員「空いているよ。何かあるの?」

ゆうき君「じゃあ、お昼の1時に家に来てね。ばいばーい。」

調査員「えっ?ちょっ・・」

 

 

電話は切れていた。

 

 

日曜日、約束通り?お昼の1時に小島様の家を訪れた調査員は、インターホンを押した。

対応してくれたのは、ゆうき君。

 

ゆうき君「探偵さん?いま開けるね。」

 

と笑顔で家に招き入れてくれた。

 

 

家の中では、パーティーが行われていて、何も聞かされずに招かれた調査員は、ひとりスーツ姿で完全に浮いていた。

 

 

パーティーの参加者は、今回の“いじめ”の当事者たち全員。

小島様、ゆうき君、7名の子供たち、その親たち、担任の教師、探偵。

子供たちの楽しそうな顔を見ていると、この1か月間、とても有意義な話合いが行われたのだろうと、すぐに察しがついた。

どんな話し合いが行われたのか、気になってはいたが、そんな事は、どうでもよくなり調査員も童心に返り、子供たちと一緒になって遊んだ。

 

 

将来、この中から探偵になりたいと思ってくれる子供が一人でもいればと、つまらない事を夢見る調査員であった。

 

 

終。

 

 

 

追記

 

“いじめ”は、

“いじめ”を受けている子供だけでなく、

“いじめ”を行っている子供も、心に深い傷を負います。

 

子供たちだけで解決できる“いじめ”も存在しますが、

大人の力が必要な“いじめ”の方が、多く存在します。

 

助ける事ができる命は多く存在しています。

hy東京探偵事務所