現役

探偵小説 [ 探偵 葉山 ] 


探偵小説「息子の素行」

 

「今年の夏は過去に前例のない暑さでした。」

「この異常気象は温暖化が原因なのでしょうか?」

「温暖化だけではなく、様々な要因が積み重なり…..」

 

時間は22時を回ったところ。

テレビの中ではコメンテーターが、毎年同じようなセリフを言っている。

隣の寝室では、妻と娘と犬が寝ているので、テレビの音量に気をつかいながら、

葉山はニュース番組を見ていた。

 

9月に入り、残暑が厳しく連日の熱帯夜と連日の浮気調査のおかげで、毎日のように寝不足が続いていた葉山だが、今日は調査を社員たちに任せて、束の間の休日を自宅で満喫していた。

 

テレビをゆっくりと見るのは、何日ぶりだろうか?

いや、何カ月ぶりだろうか?

など考えていると、葉山の携帯電話が鳴った。

 

夜の時間帯に葉山探偵社に掛かってくる電話は、社員たちの携帯電話に転送されている。

今日は、休みではあるが、葉山の携帯電話に転送される日(当番制)であった。

葉山はリモコンを手に取り、テレビの電源を切り、電話に出た。

 

葉山「はい。葉山探偵社です。」

男性「夜分に申し訳ございません。黒沢と申します。今、お時間よろしいでしょうか。」

葉山「はい。大丈夫です。どのようなご相談内容でしょうか。」

男性「じつは・・・」

 

黒沢と名乗る男性は、息子の素行調査を依頼したいとの事だった。

詳しい話を伺うため、翌日の18時に事務所に来てもらう約束をし、電話を切った。

 

電話を切った葉山は、再度テレビのリモコンを手に取り、テレビをつけた。

テレビの中では、まだ異常気象についてコメンテーターが独自の見解を続けている。

 

葉山は、テレビを消し、隣の寝室へ静かに入って行ったが、番犬としてはトップクラスの愛犬に吠えられ、目を覚ました妻と娘に、睨まれながら布団の上で小さく横になった。

 

翌日、朝9時に出社した葉山を待っていたのは、疲れ切った顔でソファに横になっていた調査員たちだった。彼らは、1時間ほど前に調査を終え、事務所に返ってきたばかりだという。昨晩の浮気調査で、調査対象の男女2人はホテルに泊まり、朝そのまま出社したらしい。おかげで、浮気相手の勤務先を特定することができたが、調査終了時間が8時過ぎになってしまった。

昨晩の20時から調査を行っているので、調査時間の合計は12時間。

浮気調査では、よくあるケースだ。

 

 

葉山は疲れ切った調査員たちから、1時間かけて調査の詳細な様子を聞き取り、調査報告書の作成を引き継いだ。

調査員たちが収集した大量の証拠画像を使用し、浮気調査の報告書を作成すること7時間、昼休憩を取ることも忘れ、報告書の作成に没頭していた葉山を猛烈な空腹が襲った。

 

時計を見ると17時になるところ。18時には、相談者が事務所にやってくる予定だ。

急いで、駅前まで行き、立ち食い蕎麦屋に入り、ざる蕎麦を注文、葉山は、思い出したかのように7時間ぶりにスマートフォンの画面を見た。

メールが1件。妻からのメールだ。メール受信時刻は13時過ぎ。タイトルは「今日のランチ」とあり、娘と一緒に美味しそうなピザが映っている画像が送られてきていた。

 

葉山は娘とピザが映っている画像を見ながら、ざる蕎麦を数分でたいらげ、事務所へと戻って行った。

 

事務所に戻ると、白髪交じりの頭をした60代前半の男性が立っていた。

男性は、銀縁のメガネをかけ、グレーのスーツに黒の革靴、ビジネスバッグを左手に持ち、右手で事務所のドアをノックしていた。

 

葉山は、男性に近寄り申し訳なさそうに、声をかけた。

 

葉山「あの~。申し訳ございません。」

黒沢「あっ。探偵社の方ですか?」

葉山「はい。代表の葉山と申します。」

黒沢「18時に予約した黒沢です。少し早かったでしょうか。」

葉山「いえ。大丈夫です。黒沢様、どうぞお入りください。」

 

葉山は珈琲を入れ、名刺を渡し、改めて自己紹介をした。

黒沢と名乗る男性も、丁寧に挨拶をして、名刺を出した。

名刺には、だれでも一度は聞いたことのある上場企業の「会社名」、役職は「専務取締役」、「黒沢 元」と記載があった。

 

 

黒沢は葉山に対して、守秘義務があることを2度確認し、話をはじめた。

 

黒沢「実は、私の息子の事になるのですが、名は丈二と言います。

兄弟はなく一人っ子で、歳は34歳です。仕事は無職で、住まいは私と妻と共にしています。

はっきり言いますと、世間的にいう“ひきこもり”というやつです。

大学卒業後、30歳頃までは、印刷会社で働いていたのですが、ある日突然会社を辞めて、“ひきこもり”になりました。

会社を辞めた理由を聞いても、何も答えません。そのまま4年が過ぎ、最近になって“ひきこもり”から卒業といいますか、外出するようになりました。

出始めた頃は、1時間から2時間ほどで家に帰って来ていましたが、ある日、同窓会の誘いがあり、出席をしたそうなのですが、その日を境に行動が変わりました。

息子は、毎朝7時に家を出て、夜21時過ぎに帰ってきます。

スーツを着て出かけているので、私も妻もてっきり職に就いたのだと思っていました。

でも、どうやら違うみたいです。

土日祝も休むことなく、毎日出かけることと、数日おきに、妻に小遣いをせびるようなのです。

いい歳をしてお恥ずかしい話ではありますが、ひとり息子だったもので、甘やかして育ててしまいました。

本人は恥ずかしい事だと思っていないみたいで・・・。

小遣いの金額は1ヶ月で30万円ほどに。

妻が息子に「会社から給料が出ていないの?」と聞いたそうなのですが、息子は「なんの話?」「仕事なんかしてないよ。」と言ったそうです。

じゃあ毎日何をしているのかと聞いても、

「別に。」

と答えるだけで本当の事を言ってくれません。

本当にお恥ずかしい話なのですが、息子が何をしているのか。知りたくて…..」

 

 

葉山「お話はわかりました。で、丈二さんの素行を調査したいと。」

 

黒沢「はい。可能でしょうか?」

 

葉山「お任せください。いったい丈二さんは何をしているのか。徹底的に調査いたします。」

 

 

20時を少し過ぎた頃、契約書にサインをした黒沢は、深々と頭を下げ、帰って行った。

 

黒沢が事務所を出たとほぼ同時に、調査員が1名出勤してきた。

葉山は、完成した浮気調査の報告書を、その調査員に渡し、カメラを片手に早々と黒沢邸へと向かった。

 

黒沢邸は葉山探偵事務所のある豊島区池袋から電車で40分ほど行った渋谷区広尾にある。

言わずと知れた高級住宅街である。

 

葉山が黒沢邸に到着したのが、20:58。

依頼者の話だと、そろそろ対象者(息子の丈二)が帰宅する時間帯だ。

 

 

葉山は黒沢邸周辺で撮影ができる場所を探し、張込みを開始する。

住宅街は、いつも張込みがやりにくい。

住宅街で立ち張り(立って張り込む事)をすると1時間もすれば、住民の方に通報され、警察を呼ばれてしまう。

特に高級住宅街だと、住人の方たちの警戒度も高く車張り(車で張り込む事)をしていても、不審車両とみなされ、あっという間に通報されてしまう。

 

確かに、不審者や不審車両の早期発見で事件を防ぐことができるので、いい傾向ではあるが、探偵にとっては、少々やっかいである。

 

21:10。

広尾駅方面より現れた、スーツ姿の対象者が自宅へと入って行く姿をとらえることができた。

 

葉山は、しっかりと対象者の姿をカメラに押さえ、事務所へと戻って行った。

 

事務所に戻ると、調査員たちが全員、出勤していた。

今日は、調査がないので、出勤してこなくてもいいのだが、見事に全員が事務所に揃った。

みんな家にいても暇を持て余すのか?

それとも

よほど責任感が強く、調査報告書の進行状況が気になったのか?

 

恐らく前者だろう。

 

時刻は夜の22時だが、せっかく全員が揃ったので、恒例の作戦会議を開くこととなった。

 

作戦会議では、現在進行中の案件について、全員で情報を共有し、意見を出し合い、調査方法の変更の有無や、調査終了後の対応、弁護士の選定などを行う。

また、過去の案件についても、その後どのような状況になっているか、まだ探偵が力になれることはあるか、なども話し合う。

 

早速、黒沢氏の案件についても作戦会議を行った。

 

 

黒沢氏の案件の担当者は葉山。

葉山から調査員一同に、今回の調査動機や依頼者と対象者の関係、対象者の特徴、調査目的などが発表される。

葉山の読みでは、1日調査を行えば、対象者の行動の骨格は見えるはず。

様々な事を想定し、準備をするが、初日は調査員2名で十分だろうとの見解だった。

 

他の調査員たちも異論はないようで、作戦が決まった。

調査方法は2名での徒歩尾行。

調査日は明日。

張込み開始時刻は朝6時45分。

いまから8時間後である。

 

他の案件についての作戦会議も順調に終わり、解散したのが23時30分。

それぞれが自宅へと帰って行った。

 

葉山も電車に乗り込み、妻にメールをする。

返事がないのは、寝ているからだろう。

 

自宅に着いた葉山を出迎えたのは、番犬全国大会があったら優勝間違いなしの愛犬。

葉山は飼い主のはずだが、必ず吠えられる。

愛犬が吠えると、妻と娘が目を覚ます。

そして、睨まれる・・・。

いつもの流れである。

 

翌日、葉山は5時に目を覚ました。

妻と娘と愛犬を起こさないようにそっと立ち上がり、準備に取り掛かる。

朝は、番犬チャンピオンも苦手らしい。

 

まずは毎朝の日課にしている軽い運動を行い、シャワーを浴びる。

シャワーから上がると、いつも妻が起きていて、朝食の支度をしてくれている。

葉山にはもったいない妻だ。

 

 

しっかりと朝食を取った葉山は、家族に感謝をしながら、現場である黒沢邸へと向かう。

電車内では、よっぽどの満員電車でない限り、葉山は必ず読書をする。

最近では、スマートフォンを操作している人達が目立ってきているが、葉山は昔から電車内は読書派である。一時、時代の流れに乗ってタブレットを購入し、タブレットで読書をしてみたが、どうも内容が頭に入ってこない。紙製の本が葉山にはしっくりくるらしい。

 

黒沢邸に着いた葉山の目に入ったのは既に張込みを始めている調査員だった。

 

葉山はいつも調査員たちに感心している。

これまで、一度も遅刻がないからだ。

 

ある調査で、現場に朝7時に集合だったのだが、その路線で人身事故があった。

事故の詳細は分からないが、恐らく自殺だろうと…。

その結果、葉山は現場に30分ほど遅れて着いてしまった。

だが、葉山と調査を共にする調査員は、しっかりと7時には現場にて張込みを行っていたのだ。

 

葉山「人身事故あったよね?電車止まっていたよね?」

調査員「はい。あったそうですね。」

葉山「事故より前に着いていたの?」

調査員「はい。想定内です。」

葉山「・・・遅れてすみませんでした。」

 

葉山探偵事務所の調査員たちは、非常に優秀だと自画自賛し、常に教えられる事ばかりだと、頭の上がらない葉山であった。

 

7時を過ぎた頃、予定通り対象者が黒沢邸から出てきた。

黒沢邸を出た対象者は、ゆっくりとした歩調で広尾駅へと向かう。

改札を通過し、日比谷線に乗車、車内では終始スマートフォンを操作している。

次の駅の恵比寿で下車するとJRに乗り換え、渋谷方面へ。

 

渋谷で下車した対象者は、ハチ公口より駅を出、道玄坂をのぼって行く。

 

数分後、対象者は、道玄坂にあるオフィスビル「渋谷第五ビル」に入っていった。

対象者が入ったのは、「渋谷第五ビル」の403号室。

表示や表札、インフォメーションボードには、何の記載もない。

 

調査員が、「渋谷第五ビル」の周辺にて張込みを行っている間、葉山は「渋谷第五ビル」403号室について、調査を開始した。

 

葉山は、友人の不動産屋の安住に連絡を取り、渋谷駅前のカフェで待ち合わせをした。

この安住は、情報通で、葉山の情報入手先となっている。

ただ、安住も商売上、守秘義務があるので、内容によっては、はっきりとした情報は提供してくれない。

基本的には、葉山が質問をして、安住がそれとなく答えるシステムだ。

違う場合は「それは違う」とはっきり答えるが、

合っている場合は、「そうかもね」とか「そうだったらいいね」とか「ふーん」などと答える。

 

ただ、今回は違った。

 

安住「よっ!葉山ちゃん、元気?」

葉山「久しぶり。早速ひとつ聞きたいんだけど・・・。」

安住「何だよ?急いでるの?」

葉山「今、調査中だから、あまり時間がないんだよね。」

安住「そっか。それはしょうがないな。何だい?」

葉山「道玄坂にある『渋谷第五ビル』の403なんだけど、知ってる?」

安住「葉山ちゃん・・・それはヤバいよ。」

葉山「・・・」

安住「葉山ちゃん、昔に事件を起こした『△△△△△教』って知ってるだろ?」

葉山「あの新興宗教の『△△△△△教』?」

安住「そう。それそれ。その『△△△△△教』の渋谷支部だよ。」

葉山「そうなんだ。でも昔のことだろ?今でもヤバいの?」

安住「今、若い奴らを中心に信者が急増しているって話だ。特に事件を起こしたりは、してないが、若者たちの寄付で相当な資金を集めることに成功しているらしい。今、最も目を離せない団体だよ。」

 

安住と別れた葉山は、急いで「渋谷第五ビル」に向かった。

張込みをしていた調査員に報告をし、注意するように指示を出した。

 

葉山は依頼者の「黒沢 元」に電話をする。

 

黒沢「はい。黒沢です。」

葉山「お世話になっております。葉山です。」

黒沢「何かわかりましたか?」

葉山「はい。重要なことが判明しました。」

黒沢「何ですか?」

葉山「お電話では、ちょっと申し上げにくいので、お会いすることできますか?」

黒沢「わかりました。今から行きます。どこに行けばいいでしょうか?」

葉山「1時間後に、事務所に来て下さい。」

 

電話を切った葉山は、調査員に、張込みを継続するよう指示を出し、事務所へと急いだ。

 

 

1時間後、走ってきたのか、息切れをしながら黒沢が事務所に入ってきた。

 

葉山「今日の調査で判明したことがあります。」

黒沢「何ですか?」

葉山「丈二君ですが、新興宗教の「△△△△△教」渋谷支部に出入りしています。」

黒沢「あの「△△△△△教」ですか!?」

葉山「はい。」

 

黒沢は何かを察したかのように、

 

黒沢「・・・それで、金が要るのか・・・」

葉山「恐らく寄付金だと思います。私の知人に詳しい人間がいて、聞いたところ信者には毎月寄付金集めのノルマがあるそうです。集められなければ自腹を切ってでも寄付をするそうです。多く集める事ができれば、教団内で出世することができるとか・・・」

 

黒沢「・・・・・ありがとうございます。」

葉山「黒沢さん、今後どうしますか?もっと状況を探ることはできますが。」

黒沢「葉山さん、ありがとうございます・・・。一旦持ち帰って妻と相談してみたいと思います。」

 

 

黒沢は後日連絡すると言って帰って行った。

葉山は、張込みをしていた調査員に連絡を取り、調査を終了し、帰ってくるように伝えた。

 

葉山探偵社の調査も一旦は終了。

黒沢からの連絡を待つことになった。

 

2週間が経った頃、外は珍しく数メートル先が見えないほどの濃霧で、今日の浮気調査は無事に出来るのかと、調査員たちが作戦会議を行っていた。

 

そんな時、黒沢から葉山探偵社に連絡が入った。

黒沢からの連絡では、調査は終了との事。

 

黒沢は息子の丈二と話し合いを行い、かなり揉めたそうだ。

話し合いの結果、丈二は「△△△△△教」への出入りは辞めたが、“ひきこもり”に戻ってしまったらしい。

 

なんだか、今夜の濃霧のように、すっきりとしない状態で調査が終了したが、

仕方がないことだ。

 

葉山探偵社の調査員たちは、気持ちを入れ替えて、浮気調査の現場へと向かっていった。

葉山は、事務所の窓から、濃霧の中、現場に向かう調査員たちを見送っていた。

 

“新興宗教”と“ひきこもり”

 

自分の娘が黒沢丈二の立場だったら・・・。

親としていいアドバイスを言ってあげることができるか?

冷静に対応できるのか?

考えても答えはでない・・・。

 

 

終。

hy東京探偵事務所

探偵小説 ケース6 「“いじめ”」


探偵小説 ケース6 「“いじめ”」

 

 

梅雨が明け、本格的な夏が顔を出し始めた7月下旬、調査員は、事務所のデスクで、昨夜の浮気調査の調査報告書を作成していた。

 

 

困ったことに朝、出勤してきてエアコンをつけたところ、エアコンが全く動かない。

リモコンの電池を変えてみたり、電源アダプタを抜き差ししてみたり、エアコン本体を叩いてみたり・・・

 

 

故障・・・・・。

 

 

この暑いのに、エアコンの故障なんて全くついていない・・。

しかもこのエアコンを購入したのは、まだ2年ほど前のこと・・。

特売店で購入したので、保障期間は1年で切れている・・。

新しく買い替えるには、早すぎる・・。

長期保証に入っておけばよかった・・。

 

 

調査員は、2年ほど前の判断と行動に反省しながら、エアコンの修理業者に電話してみる。業者によるとエアコンの修理依頼が立て込んでいて、修理に来れるのが、2週間後だという。

 

 

何社か、電話してみたが、どこも同じような対応で、やはり2週間は待たされる。

この時期は、エアコン修理業者の繁忙期らしい。

調査員は、あきらめ、2週間待つことにした・・・。

 

 

いや、このまま待てるわけがない。

 

 

調査員はすでに汗だくで、こんな状況でまともな調査報告書が作れるわけがない。

 

調査員は、事務所の近くにあるリサイクルショップに行って、中古の扇風機を購入、

あと2週間、なんとかこれで乗り切ろうと決めた。

 

 

調査報告書の作成を始めてから3時間ほど経過したころ、調査員の携帯電話が鳴った。

携帯電話の画面には、「小島様」(仮名)と表示されていた。

小島様は以前の依頼者(女性)で、5年ほど前に浮気調査を依頼、その後、離婚が成立し、人生の再スタートを切った依頼者だった。

 

 

調査員「お久しぶりです。」

小島様「お久しぶりです。お元気ですか?その節は大変お世話になりました。」

調査員「こちらこそ、お世話になりました。皆様おかわりございませんか?」

小島様「・・・」

調査員「小島様?」

小島様「・・・相談したいことがございます。」

 

 

調査員は、何かを察した。小島様は深刻な悩みを抱えている・・・。

 

 

調査員「かしこまりました。では、一度、事務所に来ていただく事は可能でしょうか?」

小島様「はい・・・。明日、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

調査員「かしこまりました。明日ですね。お時間は何時頃がよろしいですか?

私は何時でも大丈夫ですが。」

小島様「では、午前11時でお願いします。」

調査員「それでは、明日11時にお待ちいたしております。」

 

 

 

電話を切った調査員は、頭を抱えた・・・。

 

エアコンが故障している・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

翌日は、まだ午前中だというのに、前日に勝るとも劣らない暑さで、扇風機1台で事務所内を快適な空間にするには不可能だった。

 

調査員は、冷たいお茶とうちわを用意し、小島様の到着を待った。

 

 

午前11時ちょうどに、事務所のドアがノックされた。

小島様「失礼いたします。」

調査員「どうぞ」

小島様「お久しぶりです。」

調査員「お久しぶりです。」

 

 

挨拶もほどほどに、調査員は、エアコンの故障の事実を伝え、うちわを手渡した。

 

 

調査員「それで、早速ではございますが、どうかされましたか。」

小島様「じつは・・・・・・。」

調査員「・・・・・・」

小島様「ゆうき(仮名)の事になるのですが・・・。」

調査員「ゆうき・・・くん?」

小島様「はい。」

 

 

小島様には、5年前、当時3歳の息子が一人いた。

 

 

小島様「はい。小学校3年生になりました。」

調査員「そうですか。ゆうき君がどうかされましたか?」

小島様「はい。こんなことを探偵さんに相談して、何とかなるのかわかりませんが・・・」

調査員「どうぞ、遠慮なさらずに相談してみてください。」

小島様「じつは、“いじめ”られているみたいで・・・・・。」

調査員「“いじめ”・・・ですか。」

小島様「はい。」

調査員「どのような“いじめ”でしょうか?」

小島様「それが、目に見える“いじめ”の形跡はないんです。

ただ、精神的にというか、言葉の“いじめ”みたいなんです。」

 

 

詳しく話を聞いてみると、小島様の息子、ゆうき君は、同学年の男の子と女の子の数名から、言葉の“いじめ”を受けているようだった。

 

言葉の“いじめ”の内容は、

「死ね」

「早く死ね」

「息するんじゃないよ」

「なんで学校に来るの?」

「いつ転校するの?」

 

など、酷い言葉を毎日のようになげかけられるそうだ。

 

小島様はゆうき君本人から、その事実を聞き、一緒になって涙を流したそうだ。

 

調査員にも子供がいる。

 

もし、自分の子供が同じ目にあっていたらと思うと、涙が出そうになる。

 

“いじめ”は昔から無くなる事はなく、常に問題になっている。

 

“いじめ”が原因で命を落とす子供が増えている近年、“いじめ”の方法も悪質になってきていると聞いたことがある。

 

 

ある“いじめ”グループでは、“いじめ”を実行するにあたり、“いじめ”グループメンバーで作戦会議を行い、どうやって証拠を残さずに“いじめ”を実行するかと、子供ながらに真剣に考えて、“いじめ”を実行するらしい。

 

 

なので、第三者から見ると、“いじめ”の加害者と“いじめ”の被害者は仲の良い友達同士に見える。

 

 

“いじめ”を受けた子供は、必死になって“いじめ”の事実を担任教師に説明するが、

証拠がない為に、真剣に話を聞いてくれないそうだ。

“いじめ”の加害者と“いじめ”の被害者の親同士は仲が良いので、“いじめ”の相談を親に話しても伝わらないし、信じてもらえない。

 

 

“いじめ”を受けている子供は、“ひとり”になってしまう・・・。

 

 

その結果、取り返しのつかない事態になってしまう・・・・・・。

 

 

“いじめ”を受けている子供が、真っ先に助けを求めるのは親であり、一番頼りにしているのも親である。

 

その親が、子供の悩みを真剣に聞いて、親なりに考えて、探偵に助けを求めに来た。

探偵は、その親の“ちから”になってあげることができる知恵を持っている。

 

 

小島様には、“いじめ”の調査と対策を行うにあたり、リスクがあることを説明した。

 

 

“いじめ”の調査と対策の主なリスク

  1. “いじめ”を目の当たりにする事になるが、しっかりと気を持って、証拠が揃い、調査が終了するまで、動かずに我慢しなければならない事。
  2. “いじめ”がなくなった後、ゆうき君は学校に通いづらくなる可能性がある事。

 

 

場合によっては、転校も視野にいれておかなければならない事。

 

小島様はリスクを理解したようで、真剣な面持ちで、

 

 

小島様「“いじめ”から逃げずに、戦いたいです。」

調査員「小島様、逃げることが決して悪い事ではなく、時には逃げる事を優先する事も大切ですよ。心に深い傷を負うぐらいなら逃げた方がいい。」

小島様「・・・わかりました。自宅に帰り、ゆうきとしっかりと話合い、ゆうきの意思を確認してから、依頼したいと思います。」

と言って、帰って行った。

 

 

 

小島様が帰った後、汗でびっしょりになった調査員は、子供に戻ったかのように、

扇風機の前に座り込み、扇風機の風に向かって、

「あ~~~~~~~~~~」

と力いっぱい叫び続けた。

 

 

 

翌日、さらに暑さを増した日、事務所内は外よりも、さらに暑くなっていた。

小島様より、連絡があり、ゆうき君も戦いたいと言っているという。

調査にはゆうき君の協力が必要になるのだが、その件に関しては、

ゆうき君が「任せてよ!」と力強く言っているという。

ゆうき君の一言で、調査員たちは励まされ、エアコンが故障している事も忘れ、

一丸となって、作戦会議に力を注いでいる。

 

今回の“いじめ”の調査と対策の予定は以下のとおりである。

 

  1. “いじめ”の証拠収集
  2. “いじめ”メンバーの特定
  3. “いじめ”の証拠をもとに、教師・加害者の親との話し合い。

 

 

 

まずは、証拠収集から。

ゆうき君の話によると“いじめ”が行われるのは、登下校中で、“いじめ”の加害者は、学校内では、仲の良い友達を演じてくるらしい。

 

証拠の収集方法は音声の録音と動画の録画の両方を行う。

 

音声の録音方法は、ゆうき君の鞄に特殊なICレコーダーを取り付け、“いじめ”の加害者が発する酷い言葉を録音する。その際、ゆうき君には、録音の妨げにならないように、できるだけしゃべらずに、静かにしてもらう。

 

同時進行で、調査員が、ゆうき君を尾行し、“いじめ”の加害者たちがゆうき君に近寄って、酷い言葉を発している姿をビデオカメラで撮影をする。

 

 

“いじめ”の証拠には、継続して“いじめ”があったという証拠が必要である。

月曜日から金曜日までの5日間、ゆうき君には、協力してもらう事となった。

もちろん、辛くなったら無理せずに中断する事をゆうき君と約束をした。

その際、ゆうき君は笑顔で

 

ゆうき君「うん。わかったよ。でも、僕は最後まで我慢するから大丈夫!」

 

と、力強く言った。

 

 

 

調査員は、証拠収集の5日間の毎日、“いじめ”を確認した。

何度も、“いじめ”の加害者たちに注意しようとしたが、ゆうき君の頑張りを無駄にすることを調査員がしてしまっては、元も子もない。

 

ゆうき君は見事に5日間、我慢を続け、立派な証拠を入手する事に成功した。

録音された“いじめ”加害者たちの言葉は、想像していたよりも酷く、

内容も段々とエスカレートしていた。

 

小島様には、できれば今は録音された内容を聞かない方がいいと説明したのだが、

 

小島様「ゆうきが一生懸命頑張って、録音してきた証拠ですから、親である私が聞かないわけにはいきません。」

 

と、イヤホンを手に取り、録音された“いじめ”の言葉に耳を傾けた。

 

 

涙を流しながら全ての“いじめ”の言葉を聞いた小島様は、

イヤホンを外し、1時間泣き続けた・・・。

 

“いじめ”のメンバーの特定は、ゆうき君からの聞き取りで、メンバーをリスト化、

録音データと動画データをリンクさせ、わかりやすくまとめた。

“いじめ”のメンバーは、男の子4名と女の子3名の合計で7名。

 

 

教師・7名の親との話合いの方法はいくつかあるが、小島様は、できれば転校させずに、

子供たちとも仲直りして、“いじめ”を無くしたいのでと、話合いは、担任以外の教師や

他の子供たちには内密に行いたいとの意向。

 

 

作戦会議の結果、小島様が担任教師と7名の親に手紙を書く事にした。

手紙の内容は、

・“いじめ”が実際にある事。

・ことを大げさにしたくない事。

・子供たちには、できれば仲直りをさせたい事。

・次の日曜日に小島様の自宅で話合いの場を設けたい事。

 

 

手紙は、小島様がそれぞれを訪れ、手渡しで渡していく。

 

 

この行動は小島様が自ら提案した。

 

 

今回の一件で、小島様はゆうき君からいろいろな事を教えてもらったと言う。

 

 

「親よりも子供の方が、しっかりしているなんて、情けない。私がゆうきの為にしてあげれる事は、できる限りしてあげたい。」と。

調査員も、ゆうき君には沢山のエネルギーをもらった。

ゆうき君に何かお礼をしてあげたいが、今の調査員にしてあげれることはなく、

あとは、話合いがうまくいくことを願うばかりである。

 

 

 

あれから1ヶ月。

残暑が厳しくなってきてはいるが、修理して直ったエアコンのおかげで、事務所内には、快適な空間が存在していた。

 

たるんだ体を鍛えようと、バーベルを使い、筋トレをしていた調査員の携帯電話が鳴った。

画面には小島様と表示があった。

 

 

調査員「お世話になっております。」

ゆうき君「探偵さん。ゆうきだよ。」

調査員「ゆうき君。こんにちは。」

ゆうき君「こんにちは。探偵さん、今度の日曜日だけど空いてる?」

調査員「今度の日曜日?」

ゆうき君「うん。」

 

 

調査員は、スケジュール帳を開き、確認した。

 

 

調査員「空いているよ。何かあるの?」

ゆうき君「じゃあ、お昼の1時に家に来てね。ばいばーい。」

調査員「えっ?ちょっ・・」

 

 

電話は切れていた。

 

 

日曜日、約束通り?お昼の1時に小島様の家を訪れた調査員は、インターホンを押した。

対応してくれたのは、ゆうき君。

 

ゆうき君「探偵さん?いま開けるね。」

 

と笑顔で家に招き入れてくれた。

 

 

家の中では、パーティーが行われていて、何も聞かされずに招かれた調査員は、ひとりスーツ姿で完全に浮いていた。

 

 

パーティーの参加者は、今回の“いじめ”の当事者たち全員。

小島様、ゆうき君、7名の子供たち、その親たち、担任の教師、探偵。

子供たちの楽しそうな顔を見ていると、この1か月間、とても有意義な話合いが行われたのだろうと、すぐに察しがついた。

どんな話し合いが行われたのか、気になってはいたが、そんな事は、どうでもよくなり調査員も童心に返り、子供たちと一緒になって遊んだ。

 

 

将来、この中から探偵になりたいと思ってくれる子供が一人でもいればと、つまらない事を夢見る調査員であった。

 

 

終。

 

 

 

追記

 

“いじめ”は、

“いじめ”を受けている子供だけでなく、

“いじめ”を行っている子供も、心に深い傷を負います。

 

子供たちだけで解決できる“いじめ”も存在しますが、

大人の力が必要な“いじめ”の方が、多く存在します。

 

助ける事ができる命は多く存在しています。

hy東京探偵事務所