短編

探偵小説 ケース3 「嘘をつく妻」


探偵小説 ケース3「嘘をつく妻」

 

春の訪れを感じさせるような暖かい日の午後。

調査員は、家族と共に都内にある公園へ散歩に出かけていた。

そこで、いつものように携帯電話が鳴る。

03で始まるその番号に見覚えはなく、どうせ何かの営業電話だろうと思いながら、電話に出た。

 

「お忙しいところ大変申し訳ございません。私、株式会社△△△の○○と申します。」(男性の声)

 

いつもの営業電話のお決まりのセリフ。

公園での楽しいひとときに一刻も早く戻ろうとする為、調査員は口早に

 

「何の営業ですか?」

 

すると、電話口で

 

「え?申し訳ございません。営業電話ではないのです。ご相談があってお電話させていただきました。」(男性の声)

 

完全に調査員の勘違いであった。先入観・・・。探偵失格である。

調査員は、公園の一角で電話を片手にペコペコと頭を下げていた・・・。

 

 

2日後、依頼者がオフィスにやってきた。

男性は40代後半。仕事は大手広告代理店の管理職。

(仕事の癖で営業電話の様に電話をしてしまったらしい。)

 

依頼内容は妻の浮気調査。

 

依頼者の話では、

 

 

「浮気をしている可能性は低いと思うが、心配事を抱えたままでは、仕事も中途半端になってしまうので、安心を買うために調査を依頼したい。

2ヶ月前くらいから妻が週に2回ほど、午後6時頃から午後11時頃まで出かけるようになったんです。理由は女子会。近所のママ友同士で女子会を開いては、旦那や子供の愚痴を言い合って、日ごろのストレスを発散しているらしいんです。

別に女子会がダメだとかではなく、怪しいのは下着と服装なんです。

だんだんと妻の下着が派手になってきたのと、服装の趣味が以前と比べて変わったから、妻に聞いてみたら、「男なのに細かいね」と言われました。

それ以来、細かい事を言うのはやめましたが、どうも気になって。

浮気を疑う理由には全然ならないと思いますが、やっぱり安心したいので、調査をお願いしに来ました。」

 

 

調査員の経験上、妻の浮気調査で「女子会」+「下着」+「服装の変化」は8割がクロ。

ただ、依頼者を不安にさせない為にも、このデータは伏せておくことにした。

 

2時間ほど、依頼者からの情報提供を受け、契約書の作成、依頼者との作戦会議をしたあと、

調査員はいつも通り「お任せください!」と力強く言った。

すると依頼者が手を出し、笑顔で握手を求めてきたので、調査員もそれに応じ、依頼者としっかりと握手を交わし、別れた。

 

 

(以下、妻を対象者と記す。)

対象者の予定は前日に判明するらしいので、調査日は急にやってくる。

対象者が、

「明日の夜、女子会だからね~。ご飯は作っておくから温めて食べてよ~。」

と依頼者に言う。

すると依頼者から調査員の携帯電話にメールがくる。

「明日女子会」

暗号でも何でもない。シンプルでわかりやすい。

 

 

浮気調査当日

 

 

午後5時半、調査員は、対象者自宅周辺で張込みを開始した。

依頼者からの情報では、自宅マンションを出た後、駅前までバスで移動し、女子会のメンバーと待ち合わせた後、駅周辺の居酒屋に行く。

これが、女子会の場合の予定。

もし、浮気をしていた場合は、この予定が全て嘘になるので、動きは全く読めない。

調査員は、何事にも柔軟に対応出来るように、頭の中にスペースを作っていく。

 

張込みを開始してから25分ほどしたころ、対象者が自宅マンションから出てきた。

依頼者から預かっていた対象者の写真には42歳の対象者が笑顔で写っていたが、実際に実物を見ると、35歳くらいに見えた。

対象者はマンションから出ると、走ってバス停に向かった。

マンションの出入口からバス停までは、走ると1分もかからない。

バス停は大通りに出たところにあり、調査員は走りながらよく見るとバスがバス停に停車しているのが見えた。

対象者はあのバスに乗車するつもりらしい。。。

調査員も必至に走って、何とか同じバスに乗ることができた。

バスの中では、対象者と調査員だけが、肩で息をしている。

7分でバスは駅前に到着。

バス降車場に、対象者と同年代の女性達が集まっていた。

人数は5人。

5人は、バスから下車しようとしている対象者に手を振っている。

対象者も車内から手を振りかえしている。

調査員は、なぜかホッとしながら、依頼者と握手した時の光景を思い出していた。

依頼者の予想通り、ただの女子会の可能性が高いかも・・・。

合流した6人の女子会メンバーは、駅前の居酒屋に入っていった。

 

調査員もほどなくして店内に潜入する。居酒屋は空いていて自由に席が選べそうだったので、調査員は、女子会の会話が聞こえそうな席を選び、店員に

「あそこ、いいですか?」と尋ね、案内を受けた。

 

この居酒屋は焼酎のボトルがキープできるシステムで、女子会メンバーのテーブルにもキープボトルがあった。それぞれが好きな物で焼酎を割って、お酒の場を楽しんでいた。

 

調査員は、いつも通りノンアルコールビールを注文した。調査で居酒屋に入った時はいつもこれである。

ノンアルコールビールを飲みながら女子会の会話に耳を傾ける。

女子会では、主に50代前半の女性が中心になって話をしていた。

 

「今日も旦那がさぁ~、ここに来る前に一言嫌みを言ってきたけど、無視したわよ。何が女子会だ!って言うけど、自分もゴルフや麻雀ばかりで家にほとんど居ないくせに、たまに早く帰ってきた日が女子会だってだけで、嫌み言うんだからムカつくよね。もっと残業してこいって話よ!給料が上がらないのは、会社の業績が悪いからって言うけど、お前はその会社の一員だろ!お前が会社の業績を上げないから、ずっと安月給なんだろが!会社のせいにして、会社がかわいそうだわ!」

 

女子会一同「わかるぅ~~~~~~~~」

 

調査員は、傾けていた耳を少しずつ塞ぎはじめた・・・。

 

延々と似たような会話が続いた後、揃って、居酒屋を出、

「またね~。」

「また連絡するね~。」

と笑顔で挨拶を交わし、女子会は解散、それぞれが帰路に就いた。

対象者もまっすぐバス停に向かい、バスに乗車。

自宅マンションへと帰って行った。

 

 

翌日、調査員は依頼者に調査の一部始終を報告。

オフィスに入ってきた時は、依頼者の顔が緊張のあまり強張っていたが、

報告が進むにつれて、いつもの優しい顔に戻っていった。

 

「報告ありがとうございます。調査、本当にお疲れ様でした。昨日は浮気をしていない事がわかってホッとしています。安心しました。実は、昨日妻が帰ってきて少し会話をしたのですが、明後日も女子会だというのですが、本当でしょうか?」

 

調査過程で明後日の女子会に関する情報は一切なかった。

調査員と依頼者の間に、若干の沈黙が続いた後、その日、依頼者は明後日の調査もお願いしますと言い残し帰って行った。

 

 

浮気調査 2日目

 

 

この日も前回同様、午後5時半、調査員は張込みを開始する。

前回と違って、午後5時40分ころに対象者は出てきた。前回と違うのは時間だけではなく、服装・化粧も若干ではあるが、違っているように見えた。

ゆっくりとバス停まで歩き、バスに乗車。

7分後、バスは駅前に到着、降車場に女子会のメンバーの姿は・・・ない。

 

対象者はバスを降りると、駅へと向かう。バスでは、カード類(スイカやパスモなど)を使って運賃の支払いをしていたが、駅では、券売機に現金160円を入れ、切符を購入した。

 

調査員は、この時点でがっくりと肩を落とす。このパターンは真っクロのパターン。どこかでこの対象者だけは、シロであってほしいと思っていたから、残念でならない。依頼者と握手した手を見つめながら、いつも以上に冷静になっていく自分に気付いた。

 

対象者は3駅先の駅で下車、自動改札に切符を入れ通過し、駅構内を出た先のロータリーに向かう。

ロータリーには、白色の車が止まっていた。

対象者は運転手と軽く挨拶を交わし、助手席に乗り込んだ。

 

車種は、ト○タ プ○ウス

ナンバーは、△△330 ね02-2△

 

駅前のタクシー乗り場にはタクシーが1台だけ。

その最後のタクシーに今にも乗り込もうとしている男性がいる。

調査員は、走ってタクシー乗り場に行き、あれやこれやと男性に話をし、タクシーを譲ってもらうことに成功。タクシー運転手には事情を説明し、調査に協力してもらえる事になった。

 

調査過程でタクシーを使う事はあるが、調査に協力をしてくれない運転手は結構いる。

車での尾行は難易度が高い。車には、ルームミラーやサイドミラーがあり、常に対象者の視界に入りながらの尾行になるからである。

対象者によっては、信号無視や、逆走を平気でする対象者も中にはいるし、一般的な対象者でも、黄色信号で交差点を通過する対象者は多く、尾行しているこっちが交差点を通過する時には、赤信号になっている。だが、ここで行かないと見失うことになる。

タクシー運転手が嫌うのも無理はない。

ただ、稀に調査にノリノリ?な運転手もいる。あたかもその時だけ、自分も探偵になったかのように、自分の想像している探偵になりきり尾行する。これはこれで、対象者に尾行している事がばれてしまう可能性がある。私達の理想のタクシー運転手は何も聞かずに、ごく自然体で運転・尾行をしてくれる運転手。だが今回は、ノリノリ系だった・・・。

 

 

尾行をしながら、運転手が調査員に話かけてくる。

 

「これは、やっぱり浮気調査ですか?」

「あっ!守秘義務があるから答えれませんね。」

「大変ですね~」

「でも、任せてください!尾行はお手の物です!」

「口も堅いですから。」

 

調査員は、色々と心配になってきた・・・。

道中、素人探偵丸出しの尾行を繰り返しながら、20分ほど走り、対象者達はレストランの駐車場に入った。

タクシーも駐車場に入ろうとしたので、調査員は、必死に阻止し、手前で停止させ、5000円を手渡した。

 

「調査にご協力いただきまして、ありがとうございました。おかげさまで追うことができました。おつりと領収書は結構です。また機会があったらお願いします。」

 

と、お礼を述べ、下車した。

調査員は特別、神様を信じていないが、何となく神様にお礼を言いたくなった・・・。

 

駐車場内では、運転手と対象者も車から降りようとしていた。

調査員は、運転席側にビデオカメラのピントを合わし、下りてくるのを待った。

背後から視線を感じたが、恐らく、先程のタクシー運転手が興味本位に見ているのだろうと無視した。

 

運転席から降りてきたのは男性。

推定年齢は30歳前後。

髪は黒髪・短髪。

服装はビジネススーツに革靴。

気になる顔は・・・。普通・・・。

どちらかと言うと、依頼者の方が爽やかで男前に思える。

 

調査員は、男性と対象者の顔を交互に撮影した後も、レストランに入っていく2人の後姿を撮影し続けた。

2人がレストランに入ったその時、調査員の背後から「プップッ」とクラクションがなる。

調査員は振り返り、引きつった笑顔で再度、素人探偵に別れを告げた。

 

レストラン店内での様子は、正直なところ依頼者に報告するには気が引けるほど、仲が良く、まるで学生時代にタイムスリップしたかのような2人だった。

 

“お互いにあーん”とか・・・

“テーブルの下で手を握ったり”とか・・・

 

2人が、浮気を満喫している間に、調査員達は、この後の調査準備にとりかかる。

本部から車とバイクが運ばれ、それぞれが配置につき、白色のプ○ウスをロックオンする。

 

レストランを出た2人は、国道○号線を、対象者の自宅とは反対の方向に進んでいく。

その先はこの辺りでも有名なホテル街・・・。

調査員のハンドルを持つ手に力が入る。

 

相手に気付かれないように、車とバイクが連携しながら、尾行・撮影を進めていく。

数分後、白色のプ○ウスは、ネオンが眩しいホテルの駐車場へ・・・。

車から降りた2人は、腕を組みながら、ホテルの中に入り、部屋を選ぶ。

この熱々な2人の行動を、いたって冷静な調査員が、一部始終カメラにおさめていく。

 

 

2人がホテルに入って、1時間半が経過した頃、熱々な2人が出てきた。

2人は車に乗り込み移動を開始する。白色のプ○ウスは来た道を戻り、対象者を乗せた駅前のロータリーに停車、2人は車内で、熱い挨拶を交わし、別れた。

 

 

調査員達は、いつもの浮気調査どおりに、対象者の尾行から男性の尾行に調査を移行させる。

今後、依頼者がこの男性に慰謝料を請求する際、内容証明書の郵送や、民事訴訟を起こすのに住所・氏名は必要になる。

男性は、対象者と別れた駅から、1時間ほど移動した閑静な住宅街にある戸建の駐車場に車を駐車させた。

車から下りた男性は、自ら玄関の鍵を開け、住宅内に入っていく。

玄関からは、子供たちの声が聞こえてきた。

 

「パパ~、おかえり~」

 

調査員は、冷静に撮影を続ける。

 

住宅玄関にかかっている手作りの表札には

 

○○ ○○(男性の名前)

○○(男性の妻の名前)

○○○(男性の長男の名前)

○○○(男性の長女の名前)

 

と、家族たちの名前が記載されていた・・・。

 

 

後日、オフィスにて依頼者への報告が行われ、今後の対応などアドバイスをした。

今回の案件は、ただの不倫ではなく、ダブル不倫・・・。

相手の男性にも、家族がある・・・。

この事が公になれば、男性側の家族も壊れるかもしれない・・・。

依頼者はうつむき考え込む。

どうすれば、一番いいのか・・・。

これまでの案件で、ダブル不倫のケースは結構多く、調査員は、様々な結末を見てきた。

今回の依頼者にも、数々の結末の事例をはなし、よく考えてからでも遅くはないとアドバイスをし、報告を終了した。

 

 

3日後、依頼者から電話が鳴る。

 

「いろいろ考えたが、自分の人生は1回しかないので、やっぱり後悔したくありません。相手の家族、特に子供たちの事を考えると、気が重いですが、しっかりと自分のしたことの責任を取ってもらおうと思います。ですので、弁護士を紹介して下さい。お願いします。」

 

 

調査員は、依頼者に弁護士の連絡先を伝え、受話器を置いた。

調査員は思った。

依頼者は、何も悪くない。むしろ被害者である。なのに、他人の家族の心配までし、責任すら感じている。初めて会ったときに握手した手を、眺めながら、依頼者の幸せを切に願った。

 

その後、特に依頼者からも弁護士からも連絡はない。特に弁護士から連絡がない時は、希望通りの慰謝料が取れ、依頼者がスムーズに再出発が出来たというである。

 

 

あれから1年、

 

 

調査員は、家族と共に都内にある公園へ散歩に出かけていた。

芝生の上に寝転がりながら、子供と犬と戯れていた時、一人の人物が調査員の視界に入ってきた。

あの時の男性・・・。と男性の家族たち。

依頼者は、離婚し、再出発をしたそうだが、相手の男性は離婚せずにすんだのか?

 

調査員は、子供たちと楽しそうに遊ぶ男性を眺めていた・・・。

 

hy東京探偵事務所